モロッコ10日間
暗闇のサハラ砂漠をラクダに乗って 日の出鑑賞
      …………Saint-Expery  Le Petit Prince キツネを探して…………

第1日(11月11日)エールフランスAF0275でパリ経由
  成田12:55発、パリ17:15着21:05発AF1696、カサブランカ23:10着。同じトラピックスのドバイ経由ありますが、前回のギリシャでドバイ経由はコリゴリ。 

第2日(11月12日)2世界遺産の古都メクネスと古代ローマ遺跡ヴォルビリス 
 8:00出発。首都ラバト、ハッサンの塔、ムハンマド5世廟、イスラム教の墓を見るのが初めての人は感動するかな。メクネスはモロッコのワイン産地、期待して飲みました。レストランでフルボトルが130〜160DHというのは安いのだろう、この旅行中にでてきたワイン銘柄はGuerrouane.Ksarsの2つだけ、1週間前に飲んだ軽井沢ツルヤで990円のほうが私には好みでした。飲みやすいGuerrouaneは1134円にて日本で通信販売されていた。ビールは俗称モロッコビールと呼ばれる小さい瓶のFlag Specialと330mlの「Casablanca」。小さいビールは飲んだ気がしません。味はどちらもキリとしてコクがない日本のビールに近い。1956年まではフランスの保護領だったから、ビールの味に期待するのは無理
  昼食に早速出ましたタジン鍋、色は濃い目だがモロッコの味付けはなにしろ薄い。往復飛行日数を除き8日間弱、薄味と生野菜の料理の始まり。   ヴォルビリスへの途中、峠の分かれ道から遠方の小高い丘にみっしりと白い家が密集した村が見える。これが789年にモロッコ最初の王朝イドリスが興きた場所、遠くから見るだけだと入ってみたい。1930年頃までは町全体が聖域で非イスラム教徒は立入禁止だったと聞くとなおさらである残念。
ヴォルビリスは古代ローマ遺跡、歩いて丘の上に。トルコのエフェソスとイタリのポンペイの小さい版、どうも石の遺跡は好きではない、でも丘の上の散策なので近代的な王宮・廟よりは心がなごむ。途中の道、畑はオリーブの樹が多数あり実もなっている。「こんなになっているのに採らないの」と妻が聞く、採る時は地面に布を敷いて樹木を揺るがすのだそうだ。自宅にもオリーブの苗を植えて6年近く経つが昨年やっと数粒なっただけなので、1本の樹木にこれだけ沢山なっていると採りたい気持ちになるのは肯ける。ヴォルビスの丘からイドリスの白い村がすぐそこに見える。約1時間でフェズに到着 (総人口3160万人のうちカサブランカに約500万、ラバト150万、マラケシュ、フェズが100万弱) 宿泊ホテルRAMAD LES ALMOHADES

第3日(11月13日)……フェズ観光、ペパーミントを鼻につめ
  11年前と同じホテルに泊まる。9時からまず王宮というより日本流に言えば離宮を見学、当然だがラバトに似ている。またここも外から門塀だけ、つまらない。フェズの街中見学、まだ朝早いがすでに雑踏、これがおもしろい、通路はロバが荷物を背負って通れる幅・高さに作るのがルール、道路向かい側の家同士は窓が同じ位置にならないようにずらす。ユダヤ人はその家の2階道路側にバルコニーがある。アラブ人は家の中庭側にバルコニーを作る、外側の窓は最小限。街壁の中にあるブーイナニア神学校といっても今は使われていない観光用?(入場料とる)。城壁の外に出て高台に登る、街が一望できる。上から見ても不規則にゴチャゴチャしているのがいいね。昼食これも野菜とパンに肉は少し。
 昼食後は街中を歩いて、皮革なめし工場へ、前回同様に入り口でペパーミントの小枝を受け取り、葉っぱ鼻に詰める。なめし工場は臭い、ミントの香りで中和されるが、他人の顔を見ると面白い。あとで写真をみて大笑い。ここでヨーロッパの有名ブランドの皮革もなめされるという話である。皮革製品は安い、工場は2階から眺める、1階に皮革製品が売っている、最近日本でも流行っているバブーシュ、日本語でスリッパ、日本では4千円するのがここでは千5百円、皆さん沢山買ってました。色と模様が様々、当家でも4足買いました。次はイスラム風の着物、女性用はカフタン、男性用は頭巾と一体になったジェラバ、ツアーの独身男性と独身女性がそれぞれ購入した。ラクダに乗る時に着る予定。 ジェラバを見ると映画「スターウォーズ」を思い出す。それに顔を覆い隠すスカーフ、私も買いました、顔への巻き方?を教わり被ると、アラファト議長を思い出す。続いて陶器屋さん。
 またフェズの市場内部、セファリン広場は前回の時には大きな銅の鍋を写真に撮ったので印象的、前回と異なり広場の名前の看板が立っている。ホテルHOTEL ZALAGH PARK PALACE  

第4日(6月13日)…… アトラス山脈越え、丸1日バス     
8:30出発、標高1650mのイフレンで休憩、お茶を飲みました。ここは紅葉がきれい。峠の避暑地「軽井沢」のようなものかな。フランス人の作った街でここは風景がヨーロッパである。少しバスが走った所で、ここの名産アトラス杉の並木で少し停車、現地ガイドのブッシユハイブさんが木陰から大きな杉ボックリを出してきました、それをみて周りを探しましたがありません。ブッシュハイムさんは皆さんに見せると、木陰に隠しました。説明用にかくしてあったのだ。羊の群れが道路横断で時々バスが停車する、全部渡り終わるまで待つことになる。
 標高2178mのザード峠標識の場所で停車、バスを見つけてベルベル人がやってきました。ちゃんと子供をロバに乗せ、民族衣装で写真モデル代請求である。11年前にはこんなことはなかった。観光慣れしてきたというか、賢くなったというべきか。峠をほぼ下り終わると、風景はアメリカの砂漠に似た感じがする。道路は一直線、両側は砂礫砂漠。砂漠にはアフリカハネガヤと呼ばれる草が生えている。これは製紙材料になり、ラクダは食用にする。街らしき所を通り過ぎた所で昼食、前回も同様の場所で昼食したが、1軒のランチ屋さんだけだったのに、今回はホテル・カスバ・アスマーというレストランだ、相当お店が増えた。宿泊のエルフードは11年前と同じホテルSALAM、中庭のプールを囲んで、コテージ風2階建の棟が並ぶ。室内に入ると、窓ガラスの内側に木製の鎧戸がピッタリと閉まっていて、昼間であろうが真っ暗だ。砂嵐などにより砂が室内に入らないようにしてあるのだろう。
前回の時はここの夕飯時からお腹を壊した。真夏にきて水分をとるのが不足したのが原因で下痢したのを思い出す。女房を置いて一人参加したことも原因のようだ。添乗員から言われた注意事項を二人なら補い合いながらチェックする。しかし、一人だと忘れたら大変という心配が重なった。それで水分摂取まで気が回らなかったようだ。幸い母娘で参加されている方に親切にして頂き、2日後には回復した。熱中ダウンの第1号で、そのあと続々とダウンする人が増えた。ダウンしなかったのは添乗員のほかは、中国その他の砂漠経験がある数名の人だけであった。
  

第5日目(6月14日)…まったくの暗闇砂漠を4WDランクルとラクダ
  4時30分ホテル発、途中に赤いランプが一つだけ光るのがラクダ乗り場と思ったら、砂漠の中のホテルがポツン。こんな所に宿泊したら星が綺麗だろうな。なにしろ360度見回しても明かりは一つだけ、真っ暗闇。前回の時は1頭に2名がラクダに乗ったが、今回は1頭1名。乗り降りの時が一番危険である。折り曲げていたあの長い足を、後ろ足からピョコンとたてる、とたんに前方に人間は振り落とされそうになり、その興奮収まる間もなく、前足をまたピョコンとたてる。今度は後方におちそうになる。事前に注意されていて、落ちずに乗れると、皆さん少し後方に重心を移し、威張ったような格好だ。うんなかなか楽しい。ゆれ具合もよろしい。女性たちはキャーキャー言ってはいるが、同様にふんぞり返って喜んでいる。
  雲もなく無風、砂漠の日の出、少し小高い所へはラクダを降りて登ったが、遠方も真っ平らとはなっていない。砂山の陰から太陽が登ったので、全面的にボワーとした日の出。光は微妙に変化して素晴らかった。モロッコに2度来た甲斐があった。私達夫婦を含め、昨日のカフタン売り場で買ったスカーフを顔に巻いて、寒いので黒いダウンを着て、日の出を待ちます。カフタンを着た女性は色気が増しますね。中身もなかなかの美人だから。 気温は10度程度らしいが寒い。2回目なので私はラクダに乗らないで歩く予定でしたが、「歩くのは貴方だけですよ。砂はふかふかして相当疲れますよ」と脅されて?乗ることにした。前回よりラクダの時間は長かったように思うし、人の歩いた場所以外を歩くと、ズフズブともぐってしまう。もちろんラクダをひっぱっいるベルベル人は息もきれてない。
 ラクダから4WDに乗り換えて、観光客用作った砂漠の中のベルベルの家で、ミントティーを頂きました。子供に飴をあげると虫歯になるからそれ以外のものをあげると喜ばれると言われてあげている人がいた。但しイスラム系の子供ならず大人も他人からモノをもらって有り難う一つ言わない。イスラム教では富めるが喜捨するのは当たり前と教えているから、でもこれだけ国際化してくると、このようなこと改革すべき。砂漠から帰って朝食、そしてバスでにてワルザザードへ焼く300キロ、途中でトドラ渓谷に寄る。トドラへの途中、まっすぐに伸びた車道の脇数メートル の所に、昔の地下水道のあとがある。前回の時はいくつか残っている穴を上から覗いただけでした。今回はなんと観光化していた。昔こうしていただろう穴堀のための小さなヤグラが組んであり、一つの穴に青年が降り、数メートル先の穴から出てくる。その青年に10ディルハム程度をあげてくださいと、現地ガイドが言った。そうしたヤグラが幾つも目立つ、11年と比べて大きな変化である。平らな砂漠地帯を過ぎて、山道を登り始めるあたりに、大きなオアシスが見えてきた。林に見える所は個人個人が管理しているナツメの樹木などのいわば畑だという。オアシスの周辺に立ち並ぶ建物の屋上などに黒く見えるのはナツメを陽に干しているのだ。トドラ渓谷は、砂漠からワルサザードに行く街道から外れた脇道を走った行き止まりの地点にある。ここで昼食、11年前の時は前夜の夕食に続き、持参のレトルトおかゆを食べた。今回はスケジュールとおりタジン鍋を食べることができた。日本でいえば層雲峡のように細い革の両側に絶壁が迫っている。ロッククライミングセの練習をしている人 を見ることもあるが今回はいなかった。しばらく走るとバラの町、ケアラ・ムグーナで停車といわれたが、停まったのは町の中心を相当通り過ぎた町外れの小さな売店であった。バラの香水に夫婦とも興味がないので、どうせ停車するなら通り過ぎた町の中を散歩したかった。ワルササ゜ード宿泊したホテルは「KENZI AZGHOR」聞きもらしたがkENZIは日本人とは関係ない1988年にできたモロッコのホテルグループらしい。既存のホテルを買い集めたり修復したもののようだ。 <まあまあのグレードのホテルだった。

第6日目(6月15日)      
KENZI SEMIRAMIS      。

第7日目(6月16日)    
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第8日目(6月17日)    
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GOLDEN TULIP FARAH

第9日目(6月18日)     
    カサブランカ18:25発AF1197パリ23:30着、23:20発AF0278成田へ

第10日目(6月19日) ……成田19:10着
        

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