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2001年、フランス ロマン紀行8日間
 

 モンサンミッシェルは期待外れ、期待が大き過ぎた?

 城壁内のホテルに泊まれたサンマロ港町はいいですね、思いがけないよさ

 フランスで最も古い港町オンフルールは正に画家のための街

1。8月23日
  いつもは集合時刻ギリギリのところ、集合時刻9:25に対し9:05に第2ターミナルに余裕で着きました。ツアー人員は32名の大部隊、10:30に再集合し、入国審査をして免税店で妻は友人から頼まれた化粧品を一生懸命探しています。入国審査は今年から出入国カード記入が不要になり並んでいる時間は短くなりました。
 11:55に飛行機は離陸した、時計を7時間遅らせ到着地の時刻4:55に時計を修正する。到着地の時刻に身体のリズムを合わせて時差ボケを防ぐため早く眠ることにした。前回からアイマスクを持ってくることにした。これを付けると眼が疲れない。それまで海外旅行から帰ってくると眼が疲れたのは通常のオフィス生活に比較して紫外線が多いこと、読めない外国語をなんとか読もうとすることが原因と思っていたが、飛行機の明るい客室で眠っているのがどうも最大の原因のようである。
 成田・パリ間の直線距離は9985km、時速約950kmで約12時間後のPM4:20にパリ到着した。入国審査官の女性は、日本人ツアーとわかると下を向いたまま、手を横にどんどん通れと合図し極めて短時間に(5:10)空港を出た。
ホテルはリヨン駅隣接のメルキュール・ガルデリヨンに6:00到着、日本のビジネスに毛が生えた程度のクラスだが、駅に隣接は便利です。しかし、駅構内の売店の価格はパリ一番高いのではと思うほど、同じミネラル水が2倍の値段でした。水はパリ市内のスーパーマーケット「モノプリ」か、郊外のサービスエリアの方が安かった。

2。8月24日
    ジャンヌダルクが包囲を解いたことで有名なオルレアン。サントクロワ大聖堂は114メートルの尖塔があると聞かされて登りたいが時間がありません、ジャンヌダルクのステンドグラスを右奥に見つけて時間切れでした。極力登ることが許可された高い塔には上ることにしている。曰く、馬鹿となんとかは高いところが好き。
今回の食事は狂牛病を恐れてすべて牛肉なし。昼食に、エスカルゴのパイ包みが出た、バター炒めとは別物でまるで菓子パンを食べているみたいでした。
  シャンボール城は周囲31km、面積55kuは山手線の内側に相当する最大面積の敷地。建築学の数学的処理といわれる城自体の外観は地味すぎる。部屋数440室あり、上る人と下りる人がすれ違わない仕掛けで有名ならせん階段を上り下りしているうちに時間となりました。
 ロワール河畔のアンボワーズ城は要塞的ながら感じよし。フランソワ1世がダヴィンチを招き、ダヴィンチは近くのクロリュセ館で一生を終えた。 城壁内に6m四方程度の小さなサンチュベール礼拝堂が彼の墓所である。ダヴィンチはその床の左側に葬られているのが印象的でした。ミニームの塔は馬に乗ったまま上れる螺旋状通路で面白い。
宿泊はまたメルキュールです、安いパックだからしょうがない、部屋は狭いがお湯はちゃんと出るし、朝食のピュッフェの内容もまあまあです。


3。8月25日
  8:30出発、12:30にモンサンミッシェルの見えるレストランで有名なプーラルおばさんのオムレツを昼食。ワイン以外の飲み物は、ドイツ国境近くのアルザス地方のビールが「クローネンブール」あり、ほかにリンゴから造られる発泡酒「シードル」ciderがあり、今回の昼食はそのシードルを飲みました。アルコール分は5%で英語読みすればサイダーですが、日本は何でも偽物を造る国なのか、日本のサイダーはアルコール抜きの炭酸ガス追加の水です。同様にドイツのビールは麦芽とホップだけなのに、日本のビールは米とコースターチが追加された偽物、ウイスキーも特にサントリーのウイスキーはアルコール添加飲料であったなど。昨日飲んだクローネンブール・ビールはおいしかった、そこでパリのマーケットで缶ビールを買ったら、これは余りおいしくなかった。生と缶で違うのか、レーベル違いかはわからなかった。
 モンサンミッシェルのような建造物は遠くから眺めているのがよい。レストランからも、到着した時ははっきり見えたのが、霧み始めたのもまたまた良い。今は道路を作ったためか陸続きになっていて間近でみると思ったよりは小さい島でした。写真で見るともっと巨大な島を連想していた。
 てっぺんにサンミッシェルの金ぴか像、高さ約4メートル、重量450kgそんな大きなものがあるとは思えない、それほど全体が大きいということか。ただしミッシェルが鎧甲装束なのは頂けない、いくら天国の護衛役の天使とはいえ、「天使」=エンジェルという日本人の感覚からは異質である。護衛、戦に強い、戦の神様となって、この姿なのであろうが、塔のてっぺんに舞うのは薄絹を着たエンジェルであってほしいと思う。
 16:20出発し17:30にサン・マロという港町に到着、城壁で囲まれた旧市街のホテルにバスは進入禁止で城門で下車して徒歩でホテルに、スーツケースはホテルのライトバンが運ぶ仕組みです。このホテルが海外に近い城壁に隣接するように建っている小さいが三ツ星の「ホテル・ラ・シテ」でした。これは今回ベストの宿泊場所です。夕食後は城壁内の商店街を散歩しましたがよかったですね。翌朝、バス出発の8時までに散歩したら方角を見失い城壁の上をぐるりと廻ってホテルにギリギリセーフでした。


4。8月26日
 セーヌ河河口の都市、ル・アーヴルとオンフルールをつなぐ1995年開通の環境重視の「ノルマンディー橋」を遠くに見てオンフルールに入る。近代的な橋から古い港町へ入りました。これは今回の旅行で「最高の景色」です。ここで絵を描けば誰でも画家になった気分、観光客相手の画家が多数、風景を売る者、似顔絵を売る者、フィルムも短時間に2本消化しました。漁船を作る船大工が作った木製の教会が、港に面した色とりどりの建物の向こうに黒々とみえるのが素晴らしい。近くで見るとそれほどでもないが、内部天井はまるで船底そっくり、木製の暖かみがあります。
昼食は港から小高い山のほうにちょっと走って牧草地と別荘がちらほらするレストランでした。リンゴとナシが成っていました。昼食後、またオンフルールの絶景を眺めてジベルニーへ向かいました。セーヌ河の支流エプト川の分岐点にクロード・モネの家があった。ここに近づくと道路はどんどん低い所へ走っていき、暑さが増してくる。今年のフランスは暑いが一番暑かったのがここでした、内陸で盆地だからかもしれません。モネの家がなければ、なんの変哲もない河畔の道でした。季節が悪い、春にくれば別の印象もあるでしょうが、睡蓮の池もいまいちでした。面白いのは当時とほぼ同じと言われる住居のキッチン、銅製の鍋が沢山つるされ、明るいタイル地が印象的でした。
 バリへ向かう、フランスは農業国です、ほんとにパリの中心地直前まで農地だけ、植えられているのは「ひまわり」と「とうもろこし」である。「とうもろこし」といっても飼料用で実の部分は殆どない。


5。8月27日
 午前中は市内観光で、まずノートルダーム寺院へ。11年振りです、ノートルダム寺院はパリだけでなくそこら中の街にあることを知りました、それにお化粧をして顔が白くなりました、昔は色黒でした。シャイヨー宮からエッフェル塔を写真にとり、コンコルド広場へ。この広場に観覧車ができています、撤去日がだんだん延長されているとのこと。ホテル・ルーブル横の免税店で11:40解散し自由行動。
 ぷらぷらとサントノレ通りをマドレーヌ寺院に向かって歩き始める、昼食がまだです、なにかおいしい店が見つかればそこで食べるつもりでした。ちょっとまってとロンシャンに捕まりました、ここで折り畳み式のバッグを買いました。マドレーヌ寺院の直前でマスタード専門店Mailleが面白く二つだけ買いました、さすがパリですマスタード専門店で喰っていける。
 エルメス、フォーション、エリアールを眺めて腹が減った、フォーションのレストランは以前と異なり仰々しくなって値段も高くカフェからレストランになってしまったようだ。よく読めないメニュータブルをみてランチらしきものを注文したら、それはないと高い300フランのランチを食べるはめになった。
 食後また歩いてコンコルド広場へ、ここから地下鉄に乗り凱旋門へ。地下鉄のチケットが8.5フラン取られた、ガイドブックやツアーコンダクターの話しでは8フランの筈なのに、自動販売機でなく窓口で購入すると手数料をとるのかと思ったら、値上げされていた。凱旋門は284段の階段をふうふう言いながら登りました。
 歩いてコンコルドまでシャゼリゼを散歩しよう、しかし疲れました。手軽でわかりやすいマックで休憩。午前中の市内観光の時には列を作って並んでいたルイビトンがガラガラです、それでは見るだけ見ようと入って見ました。ラフな格好で金持ちには見えない我々を丁寧にもてなす、ちょっと年増の日本人店員の巧みな会話で私の奥方は買い物をしてしまった。
 夕食を食べなければいけない、軽い食事をとイタリアレストランに入りました。スパゲティとビールを頼みましたが、スパゲティは大きかった。腹ごなしにコンコルド広場の観覧車に乗る3回転40フラン。地下鉄に乗ってホテルへ9:45に到着、万歩計は19,200を示し、足はカチカチ、年齢を取った。


6。8月28日
 オプションのベルサイユ見学の集合時間が11:30、中途半端な時間なのでホテルから比較的近い市場を探すとパリ大学近くのムフタール市場に行くことにしたが、地下鉄で4回乗り換えは大変なので2回乗り換えでイタリア広場から歩くことにした。途中でムフタールの方向を聞く、わかったようなわからないフランス語でみつけました。市場らしいのはカルチェラタンの側だけで、あとは車が通れないほどの道の両側が商店でした。パリ大学(ソルボンヌ)は入り口にガードマンがいて入れませんでした。近くに5階建て2棟 の大きな本屋さんはさすがです。地下鉄は自動販売機の利用方法が複雑なので回数券(カルネ)を65フランで購入し、パリ滞在中にピッタリ10枚使用しました。それ以前の4枚と併せて、二人で7回乗った計算です。ここまで8,000歩疲れた。
 ベルサイユ宮殿の半日観光はちょっと時間不足でした。オプションを頼まず夫婦だけで行った2組は正解というべきでしょう。ただし、ベルサイユには駅が右駅(ドロワ)、左駅(ゴーシュ)、台駅(シャンティエ) の3つあるがどうも台駅にsncfで行くのが間違いなさそう。sncfはモンパルナス駅から乗る必要がある。他の二つはRER(高速地下鉄)で行けるが途中で乗り換える必要があり、左駅につけば宮殿まで徒歩5分とのことである。あまりに広すぎる、しばしば写真で見るベルサイユの全体像を見るには、遠くにある運河までいかなければならないようで、そちらまでの観光を含めた馬車等が走っているが、とても時間的に無理でした。ゆっくり全体を見るには2日はかかりそうだが、また来て見る気にはならなかった。ただ大きいだけという感じがします、大きければ良いとは思えない。
 17,500歩です今日も疲れた、シャワーを浴びるとキューバタンで寝てしまった。


7。8月29日
 今回、絵はがきを日本へ送るのに苦労しました。4.9フランという半端な金額の切手を買うことに起因します。ガイドのいうように3フランを2枚と言えばよいのに、7枚もの絵はがきを書いたため、3フランを14枚(キャトールズ)が言葉に出てこずオージャポンと言ったら、4.5フランを渡されたことから始まります。不安になって日本人に聞くと4.9でないと届かないという、結局1フランを買いまして出しました。しかし、ラテン系はアバウトだから4.5フランでも実際は届くのかもしれません。  オルセーへ9:40についたら、既に長蛇の列です。10時でも動かず、14分過ぎにやっと入り口があいたとのことです。ラテン系はのんびりしてます、我々が入場できたのは40分頃でした。オルセーは万博時の駅舎を改造した3階建だから、全部見ても簡単だろうと思ったら、結構広いですね3時までかかりました。内部に食事する場所は3カ所あり、一つはレストラン、もう一つは喫茶兼軽食、最後はセルフサービス式です。セルフサービスでサンドイッチ1本を半分づつ、キューリのマヨネーズあえとビールでした。その後、C・Dで買い物してホテルには集合時刻の16時ぴったり、疲れた16,400歩疲れた。パリはPM8:20離陸


8。8月30日   成田についたら東京の方が涼しかったらしい、くやしい