庭に来た野鳥



我が家に来た大きさ順
図鑑に記載されている大きさは目安だ。都会の野鳥のほうがメダボである。図鑑の数字を参考に、実際に庭にきた大きさ比較で数字を修正した。図鑑の数字は著者が実測したのか疑わしい。
1.キジ 80p2.キジバト33p 3.カケス 33p4.ヒヨドリ27p 5.アカゲラ 24p
6.ツグミ24p7.イカル 23p8.カワラヒワ 16p9.スズメ 16p 10.ヤマガラ15p
11.シジュウカラ15p 12.ゴジュウカラ14p13.ヒガラ 13p14.コガラ13p 15.メジロ12p

 メジロ… 日本では三番目(1番キクイタダキ、2番ミソサザイ)に小さい鳥体長11p、推定胴直径22o、推定体重10グラム。鳥の中で大の甘党、ミカンの汁が大好き、バ−ドケーキも砂糖多めが大好き。必ずツガイで来る一生涯一夫一婦という仲の良さ。人間に対する警戒感は一番ない。軽い、ご覧のように細い針金の先につり下げた黄色のヒモに捉まっても、すこしミカンが下がるだけの軽さ。朝、ミカンを半分輪切りにして出すと、メジロだけなら2日間持ちます。ヒヨドリが見つけるとあっという間になくなります。ヒヨドリ対策で作った箱(右の写真)に入って食べています。仲良くツガイで。

シジュウカラの巣作り……口に枯れ葉の大きいのをくわえて、巣箱に入れるのに苦労していました。巣作りは1日か2日で終わります。枯れ葉類の上にコケ。その上にイヌの毛を載せて卵ベッドを作ります
ヒマワリ大好き、足のあいだに挟んで、上手に皮をむいて食べる。牛脂、バードケーキも好き。推定胴直径24o、推定体重16グラム。巣箱を作ると一番入居率が高い。右の写真は、門柱の飾りに作った小さな巣箱(巣穴の直径25o、部屋の床面積12p×14p)に卵を産み、雛のために餌の虫を咥えてきたところです。軽井沢では相当巣箱不足のようです。庭に8個の巣箱を付けましたが、そのうち7個にシジュウカラが産卵した。

 ツグミ…  冬だけ浦和の家に少し顔を出しました。ヒヨドリとほぼ同じ大きさ、ゆであずきの空き缶には古くなったチョコーレートを煮なおしたのが固まっているが、ヒヨドリが食べているのをみて、食べに来ました。

キビタキ…右の写真は借宿の水飲み場に来ました。慌てて撮ったのでピンボケです。木々の上では鳴いているのですが、水飲み場に降りてくることは滅多にないのにピンボケは残念でした。

 アカゲラ…  借宿の台所前の樹木の地面スレスレにアカゲラが二羽とまり、樹木をつっいていました何か虫がいるのでしよぅか。時々、我が家の壁に穴を開けます。二カ所くらいは木を貼り付けて修復しました。7年も経過すると木造壁に虫が発生するのか、朝方、コツコツとい音でビックリして外に出たら 壁に穴をあけていた。アカゲラは牛脂が大好きです。
借宿の巣箱の列……私が作った巣箱の一部です。樹木を整理するため取り外したものです。穴の大きいのは渡り鳥コムクドリ用です

 
イカル シメ
  ヤマガラとコガラ イカルシメ
キジ カワラヒワ アカゲラ
  キジカワラヒワ アカゲラ
カケス 日本リス 日本リス
 カケス日本リス 日本リス


エッセイ「エリーからエリオへ」

私の名前はエリー。パパに言わせると、パンダウサギと呼ばれるダッチ種のアナウサギである。でも年賀状に私の名前も印刷されている家族の一員である。 私の一日を紹介してみる。ママが朝一番に起きてくると、部屋のドアをあけてくれる。ママの足下をくぐり抜けトイレに行き小便をする。台所に行き、健康のために清潔な水をスープ皿から飲み、パパ、ママと朝食である。主食のほかにパンを食べる。特にジャム付パンが大好きである。これはママ曰くパパ似だそうだ。 リビングの床はフローリングなので爪の伸びた私には滑って歩きにくい。カーペットの部分をなるべく歩くようにしている。パパが会社に出かけると、ママは朝のお洗濯・掃除にかかるので、邪魔扱いで私は部屋にとじこめられてしまう。昼頃になると、姉貴マリーが起きてくる。姉貴は私以上に夜型人間である。これで大学生だそうだが、大学とはこんなにさぼっていても卒業できるのか。まあ、私を部屋から出してくれて、一緒に遊んでくれるので余り文句は言えない。 夕飯でもパンが欲しい。食べられないと不機嫌になり、その合図として床をトーンと蹴飛ばす。私は寡黙であり、殆ど声を出さない。時々チョコレートも食べる。以前は色々の物を食べさせてもらったが、胃の中で毛が固まる毛球症になり、医者に飛んで行って注射をされた時、「必要栄養素が入っているラビットフードと新鮮な水以外は与えないで下さい」と言われてから、少し食事制限されている。パパもつまらなそうである。 この家には、インド神話「月のウサギ」、出雲神話「いなばの白うさぎ」、イソップ物語[「ウサギとカメ」、ビアトリクス・ポター「ピーターラビット」、ロックレイ「アナウサギの生活」などの資料がある。ピーターラビットの絵皿もあり、ママの友人がくると使用されている。 家族旅行に何回か連れて行ってもらった。御殿場のキャンプ場に一泊した時は、広い野原を駆け回った。しかし、どうも自動車に弱い、一時間も乗っているとグッタリするので、そのうち置いて行かれることになった。預け先は、ジャネットという同類がいる友人宅であった。  だがそこで、私はジャネットに馬乗りになっているのを発見された。それから私は「エリー」でなく「エリオ」とマリーに呼ばれることとなった。 そのエリーは満十一歳で死んだ。既に六年たつ、今も、家族と一緒の写真楯が部屋に飾られている。 (平成二十年六月十五日)

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